第22回 地面師事件エフェクト その2

2019.03.06
コラム画像

過去の警視庁管内の地面師詐欺のなかでも、今回のS社の詐欺事件は「ずば抜けて」にスケールが大きいと報道されています。

事件が発覚したあとの昨年8月2日付けのS社の発表によれば、2.000㎡(およそ600坪)の土地をはじめとして詐欺に係わる不動産取引総額は70億円近くにのぼります。このうちS社は60億円を「なりすまし土地所有者」に支払い、最終的に55億5.000万円もの大金を騙し取られたのです。

事件の舞台となった土地はJR山手線五反田駅から徒歩3分で、目黒川に沿ったマンションには絶好の一等地です。土地には「海喜館」という宴会を行える大きな料理屋旅館が建っています。

バブル時代は大変な繁盛で経営はうまくいっていましたが、施設が古くなっていくにつれて、近隣に新しいホテルが建っていくにつれて旅館経営は次第に苦しくなっていったそうです。


そのような状態はいつまでも続くわけもなく、経営者(土地所有者)は2015年に店を閉じました。経営者はその後も旅館内住居に住んでいましたが、病を得て入院すると、旅館はニュース映像にあったように廃墟に近い状態になっていったのです。

2017年4月、地面師詐欺グループはS社と土地の売買条件について大詰めの交渉に入りました。そこで双方は売買代金60億円で合意に達し、S社は契約の証として手付金12億円を支払うこととし、残金48億円の支払いについては7月末の決済としました。

同年4月24日、西新宿にあるS社マンション事業本部のビルの会議室に関係者一同が集まりました。そこで、なりすまし土地所有者の女性が持参した土地権利書をS社側が確認し、その場でS社から契約のとおり手付金12億円の小切手が振り出され、ニセ所有者に手渡されたのです。

これによりS社は土地の売買予約の登記申請が可能になり、手続としてはほぼ取引の山場を越えたことになるわけですが、もちろん権利書はかなり古く見えるように巧妙に偽造されたもので、司法書士等の専門家さえ疑うことはありませんでした。

同年5月10日、怪文書というか警告文らしきものがS社の本社に届きました。

そこには「S社は騙されている。直ちに取引を中止すべし!」と記されていて、差出人は土地所有者の名になっており、内容証明郵便で送付されていました。翌日以降も同様のものが届けられ計4通の内容証明郵便が送り付けられました。

S社では社長直下の法務部を含めて連日文書の検討会がもたれ、5月29日、S社の取引責任者で常務執行役員Mは地面師メンバーを事務所会議室に呼び出します。

そこでMは4通の文書を彼らに提示し、なりすまし土地所有者に「これは貴方が出したものではないのですね」と問い質すと、彼女は強くこれを否定しました。

Mは「そうであるなら確約書に自署し、実印を押印して印鑑証明書を添付してほしい」と申し入れ、彼女は全くためらうことなくMの言う通りの書類をS社に交付しました。

今から思えばMが要求した確約書にどれほどの意味があるのか理解に苦しみますが、要するにS社はこの取引を一刻も早く完了させるための安心材料が欲しかっただけのような気がします。

こうして、S社は十分な裏付け調査を経ないで、Mにより下記のとおりの重大な決断がなされ、本社(法務部)・マンション事業本部に確認・共有されていったのです。

① 4通の文書はすべて同業他社による取引の妨害活動もしくは嫌がらせと認める。
② 従来7月末に予定されていた土地代金の決済日を大幅に繰り上げて6月1日とし、予想される更なる妨害行為を排除して取引をより確実なものとする。

土地所有者のなりすまし工作を見破る機会は他にもありました。

土地代金決済日の前日の5月31日に行われた地面師グループとS社との打合せの途中で、なりすまし土地所有者の女性が本人確認の際、1944年生まれの申年生まれであるにもかかわらず、酉年生まれであると記入したのです。

それに気づいた司法書士が疑問を呈すると、地面師たちは単なる勘違いによるミスだと言い逃れました。不安を抱いたS社側は、土地所有者を名乗る女性が所持しているパスポートの旅券番号が記されているページにペンライトを照射して調べました。

ペンライト照射は偽造書類を見破る方法の一つですが、なんとそれもクリアーしてしまい、
パスポートは本物ということで、なりすまし土地所有者の女性も土地所有者本人であることを証明する皮肉な結果になったのです。

本人確認ができたことで障害はなくなり、S社は取引を急ぎます。

6月1日、S社は土地売買代金のうち手付金を差し引いた残金48億円を支払い、同時に所有権移転登記の申請手続きを行いました。しかし、早くも同日の午後には意外なところからの連絡で、S社は自分たちが前代未聞の詐欺被害者になったことを知ることになります。

6月1日午後、S社の複数の技術者が現地を訪れ、土地の測量をするための機材を運び入れ始めていました。その時、警視庁大崎警察署の捜査員から呼び止められたのです。通報したのは真の土地所有者から依頼された弁護士でした。

捜査員を前にして、S社の社員と弁護士の双方は「我々には土地に入る権利がある」「いや入らせない」で暫く揉めていましたが、

「依頼人はこの旅館を売ってないんだから、測量なんか絶対にさせないよ」
「あなた方は騙されているんだ。眼を覚ませ!」

という弁護士の強烈な一言が決定打となり、社員が会社に状況の一報を入れることで事件が明らかになったようです。

それでも諦めきれないS社は、事件が判明した日の翌日6月2日から旅館の周囲を制服ガードマンで封鎖していましたが、6月9日遂に、東京法務局より五反田の土地の登記申請却下の通知がS社にもたらされ、最後の踏ん張りも徒労となりました。

「もう何年になるだろう、住宅業界最大手の地位をD社に奪われて。
その分岐点あたりから不祥事の連続だ。」

「当時、営業の幹部だった我々の罪は免れないけれど、あの頃ほとんどの社員に危機感がなかった。
気が付いたらあっさりと社名に『業界最大手』という冠が無くなっていたな。
トップ企業でなくなると、どうなるのか、想像力に欠けていた。」

「建設業法違反で営業停止処分をくらったり、全国各地で労基による臨検、指導、是正勧告を受けたり、目立っていないが、各地でセクハラやパワハラの告発が頻発しているようだ。」

「本業以外にもマルチに大胆に事業展開を図るD社に対する羨望と嫉妬。
だが、業績的にも株価的にもこれ以上引き離されるわけにはいかない焦燥、そんな経営陣の心情が繰り返される不祥事の根っこにあって、今回はそこを悪い奴に見透かされている。」

「オイルショック以降、会社は愚直にプレハブ住宅一筋を貫いて業界トップに君臨し続けた。
今も昔も会社は愚直が大好きだ。
愚直に成果を出し続ける社員を評価し、社員は社内エリートとなり、会社の幹部となり、果ては経営者になったが、愚直のままで進化は遂げなかった。」

「取引に関与した社員は処分を受けて、社長案件ということで詐欺被害をリードしたとも言えるA社長(当時)だけが責任を取らず昇格している。
この逆進的な責任の取り方が社員や支援者の不信を増幅させている。」

「だが、少しでも会社や自分の名誉を回復し、失地を挽回しないことにはAさんは会社を去れない。
自分やとりまき達のその後の人生に係わってくるからな。」

「とにかく、不祥事の要因の一つが業界二位に陥落したツケだとするなら、その分岐点で力を尽くせなかった我々の責任は重い。」

「どの業界も一緒だ。トップ企業の社員が最も身を尽くして働く。
だからトップ企業はトップを継続できるんだ。」

「最大手のメリットを痛いほど心得ている。」

「当時我々は真に首の座を死守しようとしたか。
稀勢の里じゃないが、一片の悔いもないと胸を張れるか?」

「できることなら、あの分岐点・転換点となった過去に戻って、もう一度仕事をやり直してみたいな。」

「実は俺も同じ思いだ!」

「北陸旅行をしたとき、金沢の風物として有名な「雪吊り」の作業を見たことがある。
本格的な冬景色に変わる前に庭木を支柱で支え、幹の上部から一本一本各枝へ細縄を張って雪吊りをしておかないと、枝は厳しい冬の間に雪折れしてしまう。
一本たりとも枯らすまいとする職人の気概を感じたものだ。
来たる株主総会において、経営陣にはS社の再生に向けての気概と強靭な意思を全国の社員、支援者に向けて発してもらいたいな。
俺たちの思いまで込めて!」
と、かつての上司は血管が切れたかと思うほど全身を真っ赤に染めて呟いていました。

マンション管理士・行政書士白寄和彦事務所
〒329-0434栃木県下野市祇園5-24-9 TEL/FAX:0285-40-6237